なぜ勉強?「やりたいことが見つからない」から「アクションしてみる」までの道のり。理由その1、悔しい思いをしたから。

今から勉強はもうたくさん、

社会人になって大学院に通う人は、

もともと勉強が得意な優等生で、

私には無理だしやりたくないし関係ない。

私もそう思っていました。

では、なぜ大学院に行くことになったのか?

いくつかの理由と出会いがありました。

理由その1、悔しい思いをしたから。

目次

強烈な悔しい思い出

忘れもしない1992年4月、

大学を卒業して、売上1兆円を超える大企業に入社して営業に配属になった第一日目、

「女の子なんだから、営業なんてしないでしょ」

「女の子はお茶当番があるから」

私のことを全く知らないおじさんたちに、

女の子のステレオタイプにはめられて、

新人の私は、怒りに震えながらも黙って聞いているしかなく、

私の人生がこうやって他人に決められていくのか、と

絶望感・悔しさ・悲しさを感じました。

この日のことは、この30年間、

忘れたことがない強烈な思い出になっています。

いくつかの失敗

時にネガティブな出来事は、

大きなエネルギーになります。

絶対にこのステレオタイプを跳ね返してやる!と思い、

ガムシャラに働くことになり、

幸運にも仕事の成果を得て、

周囲にも認められることになります。

ですが、私は女性の例外という扱いで、

相変わらず会社の多くの男性社員は、

女性社員を「女の子なんだから」というステレオタイプにはめ込もうとしていました。

そんなことは許せない!と怒りに燃えて、

団結して戦おうと思い、

女性社員とランチを企画したり、

女性扱いに問題があったら相談にのるわ、と言ったり、

社外の女性活躍推進会合に参加してみたりしました。

そこでわかったことは、

当たり前なんだけど、

女性という一括りのカテゴリーは存在しないし、

私が問題と思っていることが、

必ずしも他の女性の問題ではない、ということ。

すっかり気落ちした私は「他人ことはわからないもの。

自分のキャリアに集中しよう。」

と決めてしまいました。

悔しい思いが、自分だけのものではなくなった

30年近くが経ち、

50歳が目の前に迫ってきて、

人生の後半はどうやって生きていこうかなあと、

ぼんやりと考えるようになりました。

歳をとって、

自分のためだけに、仕事をするのが虚しくつまらなくなってきてもいました。

ハーフマラソン走るくらいはエクササイズしていても、体力の衰えは確実に感じ、

自分より10歳くらい年上の先輩たちがリタイア後のことばかり話すのを聞いて、

私の人生も現状維持で続かないことは、

明らかでした。

会社の女性後輩からたまに聞く話から、

日系企業において、女の子ステレオタイプにはめようとする文化は、

まだまだ健在で、

問題意識は私とは異なるだろうけど、

オフィスで、悔しさ・悲しさなどネガティブな感情を感じている女性社員がいることを考えると、

強烈な悔しい思いが蘇ってきました。

同じ自分は、また失敗するだろう

そんな時に、一橋大学の先生と研修を通じて知り合う機会がありました。

女の子ステレオタイプにはめる文化、女性リーダー欠如、長時間労働問題、男性の家事育児参加不足、など、

色々な話をしました。

先生は優しく聞いてくれましたが、

同時に鋭く指摘されたことは、

「使い古された文句言っていても、何も変わらない」

「ジェンダー問題に本気で取り組みたいなら、

大学院に行くなどリサーチベースで話をできるスキルを得て、

具体的に何のアクションをするか決めたら良い」

「英語ももっと上手になった方が良い」

ということ。

企業のステレオタイプも30年変わってないけど、

自分も30年前と同じことしか言ってないんだとハッと気付いて、

恥ずかしく思いました。

チェンジしたい、という思い

悔しいとか恥ずかしいとかいうネガティブな感情は、

時としてバネになります。

私が大学院に行くことを検討しようと思ったのは、

30年前の悔しさと2019年の恥ずかしさが

理由というかきっかけでした。

まとめ

新入社員時代、

女の子のステレオタイプにはめられて悔しい思いをしたこと、

50歳を前に出会った大学の先生に、

企業のステレオタイプも30年変わってないけど、

自分も30年前と同じことしか言っていないことを指摘されて、

恥ずかしく思ったことがバネとなって、

大学院に行くことを本気で検討することになりました。

ネガティブな感情は時として、チャンジのバネになります。

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

よかったらシェアしてね!
目次
閉じる